終戦80年という大きな節目を迎え、戦争を知らない世代が大半を占めるようになりました。当時を体験された方々の高齢化により、直接お話を伺う機会は年々減りつつあり、その記憶の継承は、これからを生きる戦争非体験者である私たちに託されています。
　演出家・浅利慶太は「悲劇が繰り返された“昭和”という時代を決して風化させてはいけない」という思いから、1991年の初演以来、『ミュージカル李香蘭』を上演し続けてまいりました。
　二度と悲劇を繰り返さないためにも、過去に何があったかを知ることは、私たちの未来に繋がるのではないでしょうか。
　平和への願いと祈りを込めて『ミュージカル李香蘭』を上演いたします。

　李香蘭の人生を通して時代の実相を描いた本作。企画構想は、終戦から半世紀も経たない1980年代後半から始まりました。演出家・浅利慶太は当時の若者たちが、作品で描く時代をほとんど知らない状況に非常に驚き、若い世代にこの時代の日本を知って欲しいと痛切に感じました。そのためには、日本が戦争に突き進み、敗戦に至るまでのプロセスを明確にし、それを正しく次の世代に語り伝えていくことが残された戦争体験者としての責務であると考え、イデオロギーにとらわれずに「歴史的事実」を客観的に描くことにしました。
　生前浅利はこうも言っていました。「戦争を他人事で知らなかったと忘れてしまう世代がいたら危険である。今の平和はあの悲惨な戦争の記憶がしっかり残っているからあるのだ」と。
　企画構想から40年近くが経ち、昭和の時代は私たちの日常から遠ざかりつつあります。上演する意義は益々高まっているのではないかと考えます。

　『ミュージカル李香蘭』は、日中国交正常化20周年にあたる1992年に中国政府の招聘を受け、北京、長春、瀋陽、大連の4都市で公演、1997年にはシンガポールで開催された「アジア舞台芸術祭」で上演するなど、アジアの親善、国際交流に大きく貢献しました。
　演劇の枠を超えて社会的に大きな反響を呼んだ舞台は、海外からも注目を集め、国際的に高い評価を受けています。

　中国に生まれ育った山口淑子は13歳の時、日中友好の夢を父親から託され、中国人である李将軍の養女となり、「李香蘭」の名前をもらう。そして、類まれなる美貌と歌の才能を認められ、満州国映画協会（満映）から中国人俳優としてデビューし、中国はもとより、日本でも熱狂的に迎えられ大スターとなった。その人気を日本軍の宣伝に利用された彼女は、終戦後、中国で祖国反逆者の罪で軍事裁判にかけられてしまう。「夜来香」「蘇州夜曲」「何日君再来」などの名曲のメロディと共に、昭和という激動の時代を綴る。