戦後80年の今年、『ミュージカル李香蘭』に続いてお届けするのは『思い出を売る男』。浅利慶太ら劇団四季創立メンバーの恩師、加藤道夫が第二次世界大戦終戦から6年後に発表した戯曲で、戦後の混乱と再生を背景に、懸命に生きようとする人々を描いています。
　戦争は、戦時中だけでなく終戦後もなお人々の心に深い影を落としました。この作品の登場人物たちも何かしら戦禍の影響を受けています。それでもささやかな希望をもって生きる姿や語られる言葉は、今を生きる私たちの心に響きます。
　戦争の悲劇を目の当たりにした劇作家が書いた心優しいメルヘン。あの時代、そこに生きた人々に思いを馳せていただけましたら幸いです。

劇場の扉を開けると、そこはどこか不思議な空気の漂う薄暗い裏街。
一人の男が古びたオルゴールとサクソフォンを奏でながら「思い出」を売っています。
やがて、さまざまな人が男のもとを訪れます。
男の奏でる音楽に導かれ、それぞれの「思い出」が呼びさまされていきます。

『思い出を売る男』は、美しい音楽と言葉で織りなす幻想的な舞台です。
演出家・浅利慶太はこの作品を「加藤先生が戦地から帰ってきて敗戦後の荒廃した日本に出会い、焼け跡に見た美しい幻想」と考え、「劇詩人・加藤道夫の魂の美しさが宝石のように輝いている」と評しました。
吉井澄雄の照明は、物語に寄り添い、ノスタルジー漂う舞台を温かく彩ります。どこか懐かしく、胸に沁みる旋律は、同じく加藤を師と仰ぐ作曲家・林 光によるもの。
観る人を詩と幻想の世界、言葉と音楽が響き合う世界へと誘います。